横浜市道路局横浜環状道路調整課はこのほど、高速道路網建設準備室(現・横浜環状道路調整課)発足60年を記念した「横浜高速道路網建設史」を製作した。
▽高速道路網建設のはじまり▽高速道路網計画の経緯▽横浜ベイブリッジ建設▽東京湾岸道路(高速湾岸線、国道357号)整備▽横浜環状道路整備の全5章。特定の出版社を通じた商業出版物ではなく、PDF形式により市の公式ウェブサイトで公開されている。
横浜市で水道、港湾、企画の3局長を歴任した金近忠彦氏が中心となり、5年前に着想。市道路局OB・日本道路公団OBなども協力し、都市高速道路整備の歩みを計画立案から建設、供用、維持管理に至るまで体系的にまとめたA4判104頁。
都市高速道路整備60年の歩みを総括 横浜市の公式WEBサイトで公開
横浜ベイブリッジ、横浜横須賀道路、横浜新道、第三京浜道路、保土ケ谷バイパス等、路線ごとの整備背景に加え、高速道路のトンネル化の〝走り〟となった都市部ルートについても丁寧に著述。高架構造で都市計画決定していた都心部ルートを、住民の声に応えて地下化していく行政ドラマは、公害が社会問題化していた時代の歴史的記録。
意思決定の背景や技術的工夫を丁寧に掘り下げており、土木技術者や行政担当者はもちろん、都市計画やインフラ史に関心を持つ読者にとっても示唆に富む内容となっている。
金近氏によると、巻頭言を書いた立神孝氏は横浜市の元道路局長。その実父は、日本道路公団理事・東京支社長を務めた立神弘洋氏。建設史には書かれていないが、横浜新道での交通事故で命を落とした弘洋氏に対し、息子の孝氏は横浜新道をより安全にするため拡幅し、中央分離帯整備に注力したという。
建設史には、神奈川県大磯市に住んでいた吉田茂首相が、「戸塚大踏切」 の渋滞に業を煮やして横浜新道の建設を指示したという逸話や、吉田首相のニックネームにちなんで「ワンマン道路」と呼ばれていた同道の話題も紹介され読み物としても楽しめる。


